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第246号:ナッジ理論をプロセス改善に使ってみる

2024年09月25日

  • ナッジ理論をプロセス改善に使ってみる

    ナッジ理論をご存知でしょうか? 行動経済学の理論の一つであり、米国のリチャード・セイラー教授により提唱され、イギリスでは税徴収率の向上などの成果を挙げ、日本でも多くの企業や行政にて活用されて注目が集まっています。

    ナッジ(nudge)とは、「ひじで軽く小突く」「背中をそっと押す」などの意味を持つ単語で、ちょっとした工夫をすることで、相手を強制することなく望ましい行動を促す手法のこととされています。ナッジ理論は、そのナッジを活用して成果を出していくための理論です。

    マーケティング、営業、マネジメント、教育、社会課題の改善などいろいろな活用例があり、有名なものを以下に挙げておきます。皆さんもどこかで見聞きしたことがあるのではないでしょうか。
    ・スーパーのレジ待機列の足元にマークを書いておくと、特に説明がなくても客は自然にその上に立って並ぶ
    ・男子用トイレの小便器にハエの絵を描いたところ、ハエめがけて用を足す人が増えたことでトイレの汚れが減り、清掃費が80%も減った
    ・イギリスのNPO団体が「どちらのチームが好き?」と2つの有名サッカーチームの名前を書いた灰皿を投票箱として設置した結果、タバコの吸殻のポイ捨てが激減した
    ・がん医療健診の申し込み用紙で、生活習慣病予防のセット健診をデフォルトにしたところ、セット健診の申込みが増えた
    ・Google社のビュッフェ形式の社員食堂で、一番目立つところにサラダを配置したところ、野菜を取る人が増えた

    うまくいっていないプロセス改善の現場では、「標準プロセスの適用が進まない」「現場が自律的に動いてくれない」などの問題に頭を悩ませているSEPGも多いと思いますが、ナッジ理論を活用した一工夫をすることで、もしかすると解決の糸口が見つかるかもしれません。

    というわけで今回はナッジ理論の概要やプロセス改善活動における活用方法などを簡単にご紹介します。

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    ●ナッジ理論の6つの基本原則
    ナッジ理論では、以下の6つの基本原則が提唱されています。各原則の大文字部分の組み合わせがナッジの語源ともなっているようです。

    1.インセンティブ(iNcentives)
      相手にとってメリットや利益となることを示して行動を促す
    2.マッピングを理解する(Understand mappings)
      人々の行動と背後の意思決定プロセスを理解し、選択肢と行動を紐づける
    3.デフォルト(Defaults)
      対象者に選んでもらいたい選択肢をデフォルトにしておく
    4.フィードバックを与える(Give feedback)
      反応や意見をフィードバックし、さらに望ましい方向に導く
    5.エラーの予測(Expect error)
      予測されるエラーに対して前もって対策を考えておく
    6.複雑な選択肢の構造化(Structure complex choices)
      複雑さが原因で迷いが生じて行動につながらないことにならないように選択肢を簡略化する

    ●フレームワーク EAST
    ナッジ理論の活用にあたってはいくつかのフレームワークが提唱されているようです。ここではイギリス政府がナッジを活用するうえで効果的だったと表明しているEASTをご紹介します。

    EASTは、Easy、Attractive、Social、Timelyの頭文字です。それぞれの概要と例をいくつか挙げてみます。

    1 Easy(簡単・簡潔)
    手間を省き、行動の難易度を下げられるようにします。例えば、アンケートでは記述式でなく選択式にする、選択肢を絞って選びやすくする、難しい専門用語を使わずに分かりやすい言葉で資料を作るなどを行います。基本原則では、3.デフォルト、6.複雑な選択肢の構造化などが対応します。

    2 Attractive(魅力的・印象的)
    人が魅力的だと感じ、インパクトのある選択肢を用意します。相手が興味を保つための仕掛けを行い、行動を起こすきっかけとします。基本原則では、1.インセンティブが対応します。例えば、業績に対する表彰などを行います。

    また、フレーミング効果というテクニックを駆使すると、同じ内容でも伝わり方の印象が変わって相手にとってより魅力的・印象的になり、行動につながりやすくなることが期待できます。
    例)コップの中の水「あと半分しかない」→「まだ半分もある」 ※よりポジティブな印象になる
      苦しい情勢の企業「当社の再起の可能性はわずかだ」→「当社の再起の可能性はゼロではない」
      栄養ドリンクの告知「○○1g配合」→「○○1000mg配合」 ※同じ分量だが後者のが多い印象をもたれやすい
      飲食店「5分ほどお待ちください」→「出来立てをお出ししますので5分ほどお待ちください」
      道案内「こちらの道を通ってください」→「こちらの道の方が早くつきます」
      トイレ「汚さないでください」→「キレイにお使いいただきありがとうございます」

    3 Social(社会的)
    社会的な行動と意識させ、他の人と同じように行動させるように導きます。同調効果、フレーミング効果、社会的選好というテクニックを駆使します。例えば、何かを伝達する際に「多くの人が実施しています」「他の人は皆これを選択しています」「未回答なのはあなただけです」といったように、社会規範を示すことで導きたい行動を促します。

    4 Timely(タイムリー)
    適切なタイミングで伝達やアプローチを行い、行動を促します。例えば、生命保険の加入を促すには、就職や結婚などのライフステージが変化するタイミングで勧めるなどです。

    ●プロセス改善活動への活用
    では、プロセス改善の現場でナッジ理論を活用する方法を考えてみます。活用の際は、上記に挙げた基本原則やフレームワークなどを意識しつつ、どうすれば他人に気持ちよく動いてもらえるかを考え、本人にとって利益になる仕掛けや伝え方を工夫するのがポイントかと思われます。

    例えば、標準プロセスの改善や適用を進める際に工夫できるポイントを考えてみましょう。
    ◆Easy(簡単・簡潔か)
    ・利用するテンプレートを簡素化し、非効率な項目があれば廃止や修正できないか考えてみる。
    ・使い方がわかりやすくなるようにサンプルやガイドを充実させる。

    ◆Attractive(魅力的・印象的か)
    ・リリース案内時は改定内容や適用時期を伝えるだけでなく、どのような目的で改定したか、どのような効果が出るのか、利用者にとってどのようなメリットがあるのかといった理由も添えて伝達する。
    ・適用のメリットは、可能ならなるべく具体的で魅力的な表現で伝える。
     例)適用すると品質が向上が期待できます → パイロットでは○%の品質向上効果が確認できました

    ◆Social(社会的か)
    ・適用が進んでない部署や拒否反応を示す人に対しては、同調効果や社会的選好の効果を狙った説明をする。
     例:他の部署ではもう適用完了しています

    ◆Timely(タイムリーか)
    ・利用者の改善ニーズを適切なタイミングで標準プロセスに取り入れる。
    ・レビュー依頼やリリース告知をタイミングよく行う。

    ◆デフォルト
    ・必須と任意の項目をわかりやすくし、利用者が迷わないようにする。
    ・複数の選択肢がある時、基本的に選ばれやすい項目を最初にデフォルトとして設定しておき、必要に応じて変更できるようにしておく。

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    ●注意点
    最後にナッジ理論適用時の注意点です。活用が進んでいるナッジ理論ですが、一方で「顧客を操っている」という批判もあるようです。自分たちの利益だけを優先する使い方をすると、批判を受けたり、短期的にはよくても長期的には信頼を失うことになってしまったりすることもありえます。

    ナッジ理論は、あくまで相手を強制することなく、自発的に相手に望ましい行動を促すように使うことがポイントですので、気をつけていきましょう。