先月、岡山県で開催されたSPI Japan 2025に参加しました。今回も多様なプロセス改善の手法や事例が紹介され、大変刺激的な時間でした。運営や発表に関わった皆さまに感謝申し上げます。
参考になった情報はたくさんありましたが、その中でも特に印象に残ったのが、「UXの価値を感じてみよう」というワークショップ形式のセッションです。
このセッションでは、「ユーザーの体験を可視化する」ための手法としてカスタマージャーニーマップを作成するグループワークが行われました。
ワークでは「初めて岡山を訪れた出張者が観光先を探して決定する体験」をテーマに行われ、参加者は利用者になりきり、
・どのような行動をとるのか (タッチポイント)
・そのときどんな感情や思考があるのか
・どんな課題や不満が生じているのか
を時系列に整理し、1枚の図として表現しました。
私自身、UXはマーケティングや製品開発の文脈で語られる印象を持っていました。しかしワークを体験して、「これはプロセス改善の実務にも応用できそうだ」と強く感じました。なぜならプロセス改善もまた、「仕組みを整えること」だけでなく、「それを使う現場の人の体験をデザインすること」が欠かせないからです。
●UXとカスタマージャーニーマップ
UX(ユーザーエクスペリエンス)とは、直訳すれば「利用者の体験」です。製品やシステムを使うときだけでなく、使用前や使用後の感情や印象も含めた一連の体験全体を指し、単なる「使いやすい/使いにくい」の評価にとどまりません。
カスタマージャーニーマップは、UXを可視化する代表的な手法のひとつです。
ユーザーがサービスや仕組みを利用する過程を「旅(Journey)」に見立てて、次の要素を整理します。
・フェーズ: 体験の段階 (例: 認知→検討→利用 など)
・タッチポイントでの行動: その段階でユーザーが何をしているか
・感情: そのときに感じていること (例: 期待、不安、混乱、納得 など)
・思考: 頭の中で考えていることや判断の軸 (例: 便利そう、難しい など)
・問題点・課題: 行動や感情・思考の裏に潜む構造的な課題
これらを図にまとめることで、ユーザーがどこでつまずき、どこで満足しているかを把握できます。
プロセス改善に置き換えると、「現場の開発者やPMが、標準やルールをどのように体験しているか」を可視化するツールとして活用できそうです。
●プロセス改善の体験をカスタマージャーニーマップで描いてみる
「プロセス改善推進者(SEPG)が社内の開発標準プロセスを改訂して展開する」というテーマを例に考えてみます。
SEPGは開発標準を「より分かりやすくした」「現場の要望を反映した」と思っていても、実際の利用者は次のような体験上の摩擦をおこしていることがあります。
・改訂の通知を読んでも何が変わったのか分からない
・文書量が多く読むのが大変
・運用ルールが複雑で、適用の判断に迷う
・フィードバックを出しても反映まで時間がかかる
これは単なる文書の問題ではなく、ユーザーが感じる感情や思考が原因になっているケースが少なくありません。
これを放置すると、「せっかく作ったのに使われない標準」になってしまいます。
そこでジャーニーマップを使い、利用者の体験を次のフェーズに分けて整理してみます。
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1.認知・案内期
思考・感情 : 「またルールが増えるのか?」という警戒感
問題点・課題: 改訂の目的や変更点が分かりにくい
2.理解・準備期
思考・感情 : 「自プロジェクトにどう適用するか分からない」という不安
問題点・課題: 文書量が多く必須・任意の区別が不明瞭
3.試行期
思考・感情 : 「前のやり方の方がやりやすい」というストレス
問題点・課題: 新手順への習熟に時間がかかる、支援が少ない
4.定着期
思考・感情 : 「意見を言っても変わらないかも」という無力感・諦め
問題点・課題: フィードバックが形骸化しやすい
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この例ではネガティブな感情に絞っていますが、実際には「安心した」「納得できた」「成果が出た」などポジティブな感情も併記すると、改善施策のヒントがさらに得られます。
このように整理すると、現場がどこで止まり、どこで前に進むのかといった体験の流れが浮かび上がります。
●対応策を考えるときのポイント
ジャーニーマップで問題点・課題を洗い出したら、フェーズごとに「体験をどう良くするか」の対応策を考えます。
たとえば、以下のようなことが考えられるかと思います。
・認知期では、改訂の目的・背景・メリットをしっかりと説明する
・理解期では、要点をまとめたクイックガイドやチェックリストを用意する
・試行期では、質疑応答チャットや短期的な伴走支援を行う
・定着期では、常設のフィードバックフォームを運用し、反映状況を見える化する
SEPGの取り組みはルールを作って終わりではなく、利用者がスムーズに受け取り、使いこなせるまでをデザインする必要があります。
UXの視点はそのための強力な手がかりになりそうです。
●おわりに
プロセス改善は、組織の文化や働き方に関わる「体験の改善」でもあります。
そこへ一歩進めるヒントとして、カスタマージャーニーマップを活用してみてはいかがでしょうか。
Have a nice trip for Process improvement.
皆さまのプロセス改善の旅がより豊かなものになりますように。
第260号:プロセス改善にUXの視点を:カスタマージャーニーマップを活用する
2025年11月25日
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プロセス改善にUXの視点を:カスタマージャーニーマップを活用する
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